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トレーニング

メリハリのつけたトレーニング

「トレーニングは短時間に集中して行ったほうがいい」

プレーヤーならどこかで必ず聞いたことのあるフレーズのはずだったが、「なぜ?」と考えてみたことがあるだろうか。一日中トレー二ングをしたらもっとレベルアップするのではないかと、単純に思ったことはないだろうか。実際その根拠を述べたてるのは以外に難しい。

 答えは我々の身体の内部にある。キーワードは「超回復」。プロ、あるいは将来プロをめざしているプレーヤーにとっては、トレーニングを積んでいく上でぜひ知っておかなければならない情報のひとつだ。 
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表1・前回のトレーニングの痕跡が消えてしまった状態での反復活動-結果は活動能力が高まらない。

表2・いつも不完全回復の状態での反復活動-結果は機能が低下する。

表3・次回のトレーニングが超回復の状態で行われ負荷が斬新的に高められる-結果は活動能力が高められる。

「超回復=生体に運動の負荷を与え、その器官や組織の機能を一時的に低下(疲労)させるとその後、休息により回復したときの機能はそれ以前のものを上回る」

今回は、前号ても触れたこの「超回復」について、少し突っ込んて考えてみることにしよう。もっとも単純なモデルとして、ウエイトトレーニング、の例をあげる。ウエイトトレーニングという行為は、筋肉にストレスを与え、それを破壊することだということもできる。実際にトレーニングの直後は、疲労のため筋力が低下しているのを実感することができる。このとき一部の筋肉は破壊されていて、状態はトレーニング前より悪くなっている。これだけならただの筋肉破壊で、とてもトレーニングとは言えない。トレーニングの目的は筋力アップなのだ。しかし人問の身体には、環境に順応する能力がある。一度ストレスがかかると、次に同じストレスがかかったときに耐えられるように、身体を変化させる。しかも回復したとき(筋肉を修複したとき)には、次に来るべきストレスに備え、以前より若干だが強くなっている。これが以前の筋肉の能力、状態を越えた回復状態、超回復だ。正確に言えばトレーニングとは、このストレスとリカバリーのセットを差す。そしてそれ以上に注意をしてほしいのは、あくまて超回復は一時的な状態であり、永遠に続くものではないということだ。ストレスがかからなければ、人間の身体はストレスのない状態に対応し変化する。必要ではない筋肉は脂肪に変わり、エネルギーの貯蔵庫となるしかない。

 この超回復状態のときに試合を組めば、よりよい結果が期待できる、というのが前号でのテーマだった。また、このときにトレーニングのスケジュールを組めば、より多くのストレスを受けることがてき(よりハードなトレーニングに対応できる)、次の超回復時にはさらなる進歩を望むことができる。逆にトレーニングとトレーニングの間隔をあけすぎると、せっかくの超回復状態は終わってしまい進歩は期待できない。さらに回複が完全でない状態で次のストレスを与えた場合には、トレーニングの効果があがらないばがりか、機能の低下が見られることすら有り得るのだ。これではいくらトレー二ングを積もうが、マイナスの効果しか得ることはできない。原理的な説明ぱかり長くなってしまったがこれには理由がある。これまでスポーツの世界では、ある能力を高めるにはどのようなトレーニングを行うべきか、といった負荷の掛け方やその内容についてぱかり議論され、その後の回復については自然にまかせるといったきらいがなきにしもあらずだったからだ。だがもしストレスとリカバリーをセットと考えるなら、どのようなトレーニングをするのかということと、超回復の能力をどう高めるかということは、表裏一体の関係にあるといっていい。その意味でも超回復という考え方を理解することの重要生は、強調せざるを得ないのだ。話を少しサッカーの現場に戻すことにしよう。

一般にサッカーの週単位のトレーニングで、火曜日に持久走を行い木曜日にダッシュを行うのは、回復のスピードを考えてのことだ。持久走は回復に時問ががかり、ダッシュはそれほどでもないからだ。そうすれば大切な日曜日の試合には疲労が残らずにのぞむことができる、という説明も問違いではないが、眼目は日曜日に超回復状態が来るようなトレーニングの組み合わせを作ることにある。前回紹介したサイクルトレーニングも、その基本的な考え方は疲労と回復、ストレスとリカバリーのサイクルをベースとしている。だがそれを競技種目やチーム、選手の目的によって組み合わせていくのは、きわめて複雑な作業となる。

 サッカーの場合、試合ごとに超回復の状態になるようにしつつ、シーズンを通して平均的に試合に勝てるようにするのが目的になる。またサッカーには年間のうちかなりの部分を占めるシーズンと、シーズンオフ、そしてシーズンに備えてトレーニングをすべきプレシーズンの期間がある。この年間のサイクルを考えることも必要となる。ここて超回復についてもうひとつ知っておいてほしいことがある。疲労と回復、そして超回復というサイクルは、短期問(たとえば週単位)のうちに起こるものと考えがちだが、けっしてそればかりではないということだ。超回復は月単位、年単位のなかでも現れる。年単位の波の中に月単位の波があり、月単位の波の中に週単位の波がある。そのような曲線をイメージしてもらうといいかもしれない。

 いずれにせよ現実にトレーニングを組み立てる際には、トレーニングの種類や目的、強度により回復のスピードが違うということを知らねばならない。しかし、残念ながらそれぞれのトレーニングの要素とその回復のスピードについて網羅してあるようなテキストはないといってもいい。個人による身本能力の差異を考えるなら、すべてに適用可能なデータを求めること自体無理な話なのかもしれない。ただし一般的には柔軟性は毎日、筋力は週単位で、スピードは月単位で、そして持久力は年単位で改善していくことができるといわれている。これらのことから、回復のスピードは類推することは可能だと思う。回復のスピードを意識したトレーニングの方法については次回以降に紹介していこう。

トレーニングを実施していくうえで、ストレスとリカバリーをどのような組み合わせでどのようなタイミングて与えていくかがいかに重要か

重要なのはいかに早く疲労から回復できるかだ。極論をいえば、疲労をさせるのにはそれがもちろん正ししい目的に合った効率的な方法であったとしてもそう難しいことではない。だが疲労を取り除き、できるだけ早く次のステップのトレーニングに進めるようにするのは、さらに深い知識と経験が必要となる。その作業の第一歩は、自分がどの程度疲労しているのか(コーチであれば選手がどの程度疲労しているのか)、そしてどの程度の回復状態にあるのかを見極めることから始まる。具体的にいえば、心拍数の変化と体感により自分の体調を理解すること、起床時に脈拍を計るだけでもかなり自分のコンディションを把握することができる。

     サッカーでは適当なものがないので、ここでは1990年に中国雲南省て行われた日本陸連高所トレーニングの例をあげてみよう。ある女子選手は、初日に60 拍/分だった起床時の心拍数がしだいに48〜51拍/分まで下がったものの、5日目に突然76拍/分と非常に高い値を示した。トレーニング日誌によるとそれまて普通だった体調が4日目に「やや不調、5日目に不調」となり、この日は練習を休んだ。すると6日目には脈拍も54拍/分に戻っている。この間練習内容は2日目34・、4日目30kmと総走行距離が多かったため、6日目以降はトレーニングのメニューに工夫が加えられ、l日おきに長距離走行が行われるようになった(日本陸連料学委員会)。

     この例でも明らかなように、トレーニングと心拍数の間には切っても切り離せない関係がある。もちろん心拍数には個人差があるため、その数値をひとつ取り出しても意味はない。起床時と、あとは例えばトレー二ングの前後の心拍数を継続的に計ることで見えてくるものがあるということだ。それによりトレーニングをより効率的なものにし、ときには計画を変更し、改善していく調整の手助けともなるだろう。トレーニングはこれらの要素と試合のスケジユールが絡み合う中てプログラムされていく。この点においてサッカーの複雑さは、陸上の長距離の比ではない。必要とされる運動能力(筋力、持久力、スピードなど)の種類の多さ、長期にわたるシーズン、そして時には週に2回になったり、連続して行われることさえある試合日程、そして何より身体的能力の均一でない個人が集まるチームスポーツであること・・・。

     こうして見ると、サッカーにおいて、コーチという職業の重要性をあらためて認識させられる。サッカーは芸術だという人がいるが、トレーニングの選択とプランニングはそれ自体が芸術なのである。次回からはいよいよ具体例をあげながら、その芸術の一端を垣間見ていくことにしよう。

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