Aイニシアトール・アン

ディプロムを取るに当たって、まず、どの段階から取得できるのか知る必要があった。トレーニング理論や教育学などの内容において、すでに1994年から、フランスの資料を入手して独学で勉強していたが、本格的にどうやってどこでディプロムを取るのかということを調べたのは一昨年だ。僕が世話をしている伊東というフットボール選手、(彼は今フランス4部リーグ、ツールでレギュラーをとり試合出場している唯一の日本人だ)に調べてもらった。

その情報によると、僕が最初に取ることができるディプロムはイニシアトール・アンというカテゴリーで、下から3番目のものだった。

問い合わせ先は地区のフットボール協会、僕はカンヌ【1】に住んでいるので、コートダジュールフットボール協会ということになる。

フットボール協会に電話すると、ムッシュー・エスポジットの携帯電話の番号を教えてくれたので、電話をしてみると、いついつから合宿研修がありそれを受講してテストに合格するとディプロムがとれるということだった。

その年僕は、フランスでグランド・ゼエコル・デ・フットボール(フットボールのグランド・ゼエコル)といわれるASカンヌでプロとともにトレーニングをしていた。

一昨年、ディプロムを取るというアクションを起こすに当たって、時間的にも、僕が持っている情報の蓄積もまだ十分ではなかった。

去年は、子供が産まれ、ブラジルにも長期滞在していた。ニース大学でフランス語の講義を取っていたこともあり、時間的に難しかった。しかし、その間に頭の中で自然と情報の整理、蓄積はずいぶん進んだ。

グランド・ゼエコル grandes ecolesとは、フランスのエリートコースの頂点だ。フランスのエリートは大学ではなくグランド・ゼエコルを卒業し各界の幹部になってゆく。日本で有名なフランスの大学は、恐らくソルボンヌ大学だと思う。しかしソルボンヌはグランド・セエコルではない。一般大学だ。

日本のシステムに当てはめて他文化のシステムを理解するのは危険だ。根本的に違うとまず考えて、それから観察して行くことが、異文化を理解するこつだと思う。意外とそれは難しい行為であるが非常に重要なことだと思う。

日本の大学は入試が難しく卒業が簡単だが、フランスの大学はその逆である。この違いが、全く大学の意味を根本的に異なったものとしていることを考えてみていただければわかると思う。

僕には子供が長女十歳、長男七歳、次男五歳、三男一歳の順で四人いる。彼らは全てフランスの現地校で教育を受けている。

フランスの教育は、少数精鋭のエリート育成を目指すものだ。その上り詰めて行く困難さと落差から、フランスの教育をエッフェル塔に例えられる。フランスは、徹底したエリート教育と「人権宣言」の国にふさわしく、「教育の民主、平等」を実践している国といえる。

フランスでは、一般大学以外に行政、商業、技術など、角界の幹部を養成する高等専門大学(グランド・ゼエコル grandes ecoles)がある。

グランド・ゼエコル生徒を生み出すためのエリート選抜は小学校から始まる。16才までは義務教育だが、年齢と学年が一致する日本とは違い、落第、飛び級制度がある。中学になればさらに追加指導が加わり、中学途中にして、職業教育教室に転入されるものもいる。このように中学高校と篩にかけられ、成績の優秀なものはBAC(bacalaureat 大学入学資格試験)の中でも最難関とされる物理数学の試験突破後、2年に渡る準備クラスでの入試で選別され、ようやくグランド・ゼエコル生となる。

しかし、油断はできず、成績が悪ければ一般大学に編入学されることになる。こうした選抜に次ぐ選抜にも勝ち残ったものが名実ともにエリートとなって、フランスの社会を動かして行くのだ。

このような選抜システムは日本にはない。加えて階級社会が存在するフランスでは、子供の就学率進学率だけでなく、BACのコース選択にも、親の階級が大きく関連してくる。例えば高級官僚の子弟の多くは物理数学のコースを選択し、事務、労働者階級の多くが、科学技術BACを選択する。

離学率の数値も下層階級ほど大きくなる。この原因に関しては、経済的要因だけでなく、家庭環境による文化的要因も関係があるといわれている。

こうしてみるとフランスは、完全にディプロムの社会だ。日本以上といえる。

違いはエリ ート教育であるということ。卒業するまでは努力をし続けなければならないこと。共通点は詰め込み教育であること。しかし内容は異なりフランスの教育は知識、知恵の詰め込みで、日本の教育は、過去のデータのつめこみだ。

また、たとえば、BACの哲学問題の例を出すと、「人間の理性は、実際に世界に存在するより大きな秩序があることを前提としていると思うか」というのを四時間で解くというようなものがあったり、グランド・ゼエコルの一般教養が問われる口頭試問で:

問い ポン・ヌフの橋の下のセーヌ川の深さは?

答え どの橋の下の深さを言っているのか?

問い 無鉄砲とは?

答え (答えず部屋から出て行く)

といったウイットを試す質問もあることだ。

カトリック系のいわば保守といえるフランス人の友人に言わせると20年前に社会主義政権が出てきてから教育の質が落ちてきているという意見もあり、フランスの教育にも問題はあるようで、移民の問題や失業問題と絡んで複雑なようだ
しかし、僕の娘(小学校の最終学年)や息子達(長男は小学校二年生、次男は幼稚園の年長組、末っ子は保育園)を見ていると、フランスの小学校はとても良いと思う。少なくともカンヌの学校はとても良い。マルセーユやパリの郊外の学校となると事情は違うのかもしれない。4人とも毎日幸せそうな寝顔で寝ているので、そう思う。フランス語や数学もしっかり勉強しているようだ。

授業時間は長く毎日朝8時半から11時半まで。午後は、1時半から4時半までで1日6時間ある。昼食は自宅に帰ってきて食べ、その後コンピューターなどで遊んでから学校に行く。これは幼稚園から同じスケジュールだ。地域によって多少違いパリに住んでいる頃は、幼稚園は午前中のみであった。

水曜日は学校が休みで、娘は午前中、市営のテニスクラブに行き、午後はダンスをしている。両方ともお金はほとんどかからない。年間1万円ほどだ。息子達は赤ん坊を除き、ASカンヌでフットボールを午後1時半から3時までしている。これもお金が2人で年間1万円ちょっとしかかからない。しかも毎回試合の後にはおやつが支給され、一年に一度ストッキングとパンツももらえる。ゲームシャツは試合ごとに借りて着るがその洗濯はクラブがしてくれる。クリスマス前などは、コーチがサーカスの見物に連れて行ってくれたりもする。トレーニングの内容は極めて科学的で、子供の成長にあわせた、合理的なものとなっている。その年齢で学べる最も効率の良いトレーニングをしている。これはカンヌに限ったことではない。フランス中でもれなくそうなのだ。このことは驚異に値するとおもう。トレーニングする場所もプロのトレーニンググランドで、最高の芝の上だ。おかげで2人ともフットボールが大好きである。この芝の管理は市が行っている。ASカンヌに無料で貸しだしている。自分が毎日トレーニングしていたグランドで、息子達がトレーニングしている。この親子の関係はお互いによい影響があると思う。

土日も学校は休みで、土曜、娘は先端技術の研究で有名なソフィア・アンチポリスの中にある小学校を借りたの日本語の補習校に行って漢字の勉強などをしている。何年か前までは、駐在員がたくさんいてこの補修校ができたらしい。今は小学生が十人ほどの規模だ。

息子達はフットボールの試合がある。この年齢では5人制のミニフットボールで、協会からルール、コートの大きさ、試合時間、運営方法など全て管理統一され、毎週異なるクラブのグランドで試合が組まれる。またコーチ達はトレーニングの目的、試合の目的を明確に知っている。

これはフランスフットボール協会の方針が完璧にフランス全土に行き渡っていることのたまものである。ただし、基本的な目的に関する情報は中央のものだが、その目的達成の手段は各地方のフットボール協会にゆだねられ、各地方で特色を持っている。

具体的にいうと、五歳の子供は、精神的に自己中心的で、身体的にも周辺視野は狭いので、(要するに周りがよく見えないので、)戦術的なことを教えても意味が無く、この時期はできるだけ多くの、色々な身体運動をさせ、体の調整力を良くするトレーニングをする。(なぜなら調整力を付けるのに最も適した状態であるから。)という基本的な情報はどこの地域の協会でもコーチ育成研修で重要な位置を占め、しかし、場所、料金などは、それぞれの地方の協会の方針で異なる。

“重要な基本的情報と地方色”は、フットボールのにおいがする。

コンピューターのオペレーションシステムでいえば、ウインドーズではなくリナックスだ。リナックスがヨーロッパの技術者によって生まれたことは偶然ではないと思う。

フットボールとは基本的に重要な規律の上に自由があるスポーツだと思う。規律の上にある自由は責任が伴う。

家や学校で、ボールをけっていることを考えれば毎日ボールと遊んでいるが、子供達のフットボールのトレーニングは試合を含めて週二回しかない、もちろんフィジカル的精神的にきついことはいっさいしない。なぜならこの年齢では、何の合理性もないからだ。

日曜日は家族で過ごす。お店もレストランもほとんど休みで、子供とフットボールやテニスをして遊ぶ。宿題があれば宿題をする。

月、火曜日が学校、水、土曜日は自分の趣味やスポーツクラブ、木、金曜日が学校で宿題は毎日結構な量が出る。というのが一般的なフランスの小学生の生活パターンで、塾は存在しない。

飛び級や落第は存在する。息子の教室にも2人落第して落ちてきた子がいるが、皆と仲良くやっているようだ。落第している子供も特に気にしている様子はない。また、引っ越ししなくとも学校が合わなくて、転校する子供もいる。選択の自由がある。

フットボールは単体で存在しない。生活の一部として存在する。フットボールだけを見ても、フットボールはわからない。

そのような理由から僕は今年になってようやく最初のディプロムを取った。

【1】カンヌ Cannes フランス南東部の都市で、アルプ・マリティーム県にある。地中海にのぞみ、ニースに近い。コートダジュールのファッショナブルな国際的リゾート地である。町はラ・ナプール湾をみおろす高台にあり、周囲に丘陵がつらなる。港はにぎわい、地域で生産される花と果実の取り引きの中心地である。カンヌ国際映画祭が毎年5月にひらかれる(映画祭)。人口は69363(1990)。

 15世紀のノートル・ダム・デスペランス教会、古代の器物の見事なコレクションのあるリックラマ博物館、豪華なホテルと店がならぶクロワゼット大通りがある。沖合にうかぶレリヌム島にはレランス修道院があり、5世紀には学問の中心として有名だった。

 古くは小さな漁村だったが、イギリスの政治家ヘンリー・ピーター・ブルームが1830年代に別荘をたてて以来、冬と夏のリゾート地として発展した。